父さん、母さんへ
明日で一緒に生活するのも最後です。
いろんな事がありましたね…
高校時代は特にひどくて、
週末は家に帰らず、夜中に家を出ていく。
夏休みのような長期休みの時は、ほとんど家にいない。
とにかく心配させました。
高校を卒業して、東京に行って調理師の見習いをしてたあの頃…
根性なしだから、ちょっとした怪我をきっかけに、
すぐ家に戻ってきてしまいました。
ホントは、一時したらまた、県外に出ようと思っていたんです。
でも、祖父ちゃんに言われました。
『少しでも、お父さんとお母さんの傍にいてあげなさい』って。
僕は、祖父ちゃんを尊敬していたから、そうすることにしました。
(祖父ちゃんは父さんが県外にいた頃、寂しかったのでしょう)
その翌年に祖父ちゃんは、亡くなってしまったから、
僕にとって、この時の祖父ちゃんの言葉は遺言のように感じました。
それから定職に就く事無く、アルバイトだけで過ごした4年半。
深夜バイトだった為、昼夜逆転生活。
正月やお盆も関係なし。ただ、きままにバイトして遊ぶ生活。
それでも、なにも口出すことなく、見守ってくださいましたね。
その後、縁あって就職したけれども、
アルバイト時代と同じように、時間も季節も行事も関係なし。
とにかく、腰を据えて話す事は少なかった気がします。
そんなこんなで、時は過ぎ、
理学療法士への挑戦について話をさせていただきました。
話をした当時は、
仕事面で私に対する上司の評価は良く、出世の話もあった為、
父さんは『もったいない』という気持ちがあったように思います。
しかし、それでも反対はされませんでしたね。
その後、学校に入学したわけですが、
ここから絶えず金銭面の不安が私たちを襲いました。
父さんも母さんも一生懸命働いてくれているのに
なかなか思うようにいかない。
不景気というものを痛感させられました。
僕も何度か
『やはり仕事を続けて、家計を助けた方が良かったのでは?』
『このままじゃ、卒業できないのでは?』
と、思う事もありました。
ただ、そんな抜き差しならぬ状況になったから、
本気で腹を割って、家の状況の話が出来たし、
最善の解決策を見つけられた気がします。
あの時、東京から戻っていなかったら?
祖父ちゃんの言葉が無かったら?
今まで生きてきたすべての事に『もしも〜だったら?』
と、考えてしまいますが、すべてがいい形に収まり、
本当に良かったと思っています。
3/26から約一ヵ月間の同棲生活を経て、
僕も家庭を持つことになります。
その生活の中で、
御二人から学んだ事を大事にしていこうと思います。
それは、
『どんな状況でも子供の心は豊かにしてあげる事』
僕も兄ちゃんも家の状況なんて気にすることなく育ちました。
家族みんなで遊びにも行ったし、
毎日、おいしいご飯も食べれました。
その裏にどれだけの努力や苦悩があったのか?
当時の僕たち兄弟は何も気がつかず、
不安も持たずに過ごして来れました。
本当に頭が下がります。
おかげさまで、無駄に長く家に寄生してしまいましたね
これからは、自分たちの趣味や余暇を大事に過ごされてください。
そして、長生きされてくださいね。
僕も新たな生活、新たな仕事に頑張って、
孫を早く抱かせてあげたいと思っています。
二人の子供に生まれてきて本当に良かったです。
それでは、心からありがとうございました。
本当にお世話になりました。
また、これからもよろしくお願いいたします。
H23.03.24 次男坊より
明日で一緒に生活するのも最後です。
いろんな事がありましたね…
高校時代は特にひどくて、
週末は家に帰らず、夜中に家を出ていく。
夏休みのような長期休みの時は、ほとんど家にいない。
とにかく心配させました。
高校を卒業して、東京に行って調理師の見習いをしてたあの頃…
根性なしだから、ちょっとした怪我をきっかけに、
すぐ家に戻ってきてしまいました。
ホントは、一時したらまた、県外に出ようと思っていたんです。
でも、祖父ちゃんに言われました。
『少しでも、お父さんとお母さんの傍にいてあげなさい』って。
僕は、祖父ちゃんを尊敬していたから、そうすることにしました。
(祖父ちゃんは父さんが県外にいた頃、寂しかったのでしょう)
その翌年に祖父ちゃんは、亡くなってしまったから、
僕にとって、この時の祖父ちゃんの言葉は遺言のように感じました。
それから定職に就く事無く、アルバイトだけで過ごした4年半。
深夜バイトだった為、昼夜逆転生活。
正月やお盆も関係なし。ただ、きままにバイトして遊ぶ生活。
それでも、なにも口出すことなく、見守ってくださいましたね。
その後、縁あって就職したけれども、
アルバイト時代と同じように、時間も季節も行事も関係なし。
とにかく、腰を据えて話す事は少なかった気がします。
そんなこんなで、時は過ぎ、
理学療法士への挑戦について話をさせていただきました。
話をした当時は、
仕事面で私に対する上司の評価は良く、出世の話もあった為、
父さんは『もったいない』という気持ちがあったように思います。
しかし、それでも反対はされませんでしたね。
その後、学校に入学したわけですが、
ここから絶えず金銭面の不安が私たちを襲いました。
父さんも母さんも一生懸命働いてくれているのに
なかなか思うようにいかない。
不景気というものを痛感させられました。
僕も何度か
『やはり仕事を続けて、家計を助けた方が良かったのでは?』
『このままじゃ、卒業できないのでは?』
と、思う事もありました。
ただ、そんな抜き差しならぬ状況になったから、
本気で腹を割って、家の状況の話が出来たし、
最善の解決策を見つけられた気がします。
あの時、東京から戻っていなかったら?
祖父ちゃんの言葉が無かったら?
今まで生きてきたすべての事に『もしも〜だったら?』
と、考えてしまいますが、すべてがいい形に収まり、
本当に良かったと思っています。
3/26から約一ヵ月間の同棲生活を経て、
僕も家庭を持つことになります。
その生活の中で、
御二人から学んだ事を大事にしていこうと思います。
それは、
『どんな状況でも子供の心は豊かにしてあげる事』
僕も兄ちゃんも家の状況なんて気にすることなく育ちました。
家族みんなで遊びにも行ったし、
毎日、おいしいご飯も食べれました。
その裏にどれだけの努力や苦悩があったのか?
当時の僕たち兄弟は何も気がつかず、
不安も持たずに過ごして来れました。
本当に頭が下がります。
おかげさまで、無駄に長く家に寄生してしまいましたね
これからは、自分たちの趣味や余暇を大事に過ごされてください。
そして、長生きされてくださいね。
僕も新たな生活、新たな仕事に頑張って、
孫を早く抱かせてあげたいと思っています。
二人の子供に生まれてきて本当に良かったです。
それでは、心からありがとうございました。
本当にお世話になりました。
また、これからもよろしくお願いいたします。
H23.03.24 次男坊より
なんか、今回のブログ見てなきそうでした
自分もPTの学校に行ってるんですが他者への感謝の気持ちを
忘れないそんなPTになりたいと思います!
気持ちをほっこりさせていただき、有難う御座いました!